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プロ野球監督の名言10選|野球の名言・格言

はじめに


野球の歴史の中で生まれてきた数々の名言から、毎回のテーマに合ったものをピックアップしご紹介するこのシリーズ。
今回のテーマは「これぞ名将!プロ野球・監督の名言10選」です。

目次

プロ野球監督の名言・格言を5つ選んでみました

高津臣吾監督の名言 ヤクルトスワローズ

「現場の責任者である監督がブスッとしていたら、選手たちは真剣勝負を楽しめないでしょう?」高津臣吾


2021年に東京ヤクルトスワローズを20年ぶりの日本一に導き、2022年シーズンもリーグ優勝・日本シリーズ進出を決めた高津臣吾監督が、2022年1月に文春オンラインに掲載されたインタビューで語った言葉です。


スワローズでの現役時代は野村克也監督の薫陶を受け、いわゆる「野村ID野球」を叩き込まれた高津監督。
最も大事にしているのが、「まずは自分が野球を楽しみ、選手にも楽しんでもらう」ことだそうです。


監督業の中でも特に「楽しい」と思えているのが、数字や配球チャートと実際のプレーを照らし合わせる作業とのこと。


そこから選手の心理状態までもが見えてくるため、「どうすれば選手が気持ちよくプレーできる環境を作れるか」に繋がっていくのでしょう。


監督が率先して野球を楽しむ雰囲気を出し、選手たちにも喜怒哀楽を存分に表現しながらプレーしてもらう。
選手が萎縮してしまいそうな時には、前向きになれるムードを作れる言葉をかけてやる


そうすることで若手からベテランまで、一体となって「野球を楽しむ」ムードがダグアウトに生まれたそうです。


優勝争いの中で調子が落ち気味の時も、選手たちのやる気をどうしたら引き出せるか。


グッズにもなった「絶対大丈夫」という言葉は、そんな背景から生まれたものでした。
スワローズ黄金時代の再来を十分に感じさせてくれるエピソードですね。

中畑清監督の名言 横浜DNAベイスターズ

「監督として 『筋書きのあるドラマ』 をつくりたいんです」


現役時代は「絶好調男」の代名詞とともに読売ジャイアンツで活躍し、横浜DeNAベイスターズ初代監督としてチームの立て直しに奔走した中畑清監督が、2013年6月にWebマガジン「B-plus」のインタビューにて語った言葉です。


ベイスターズの経営を引き継いだDeNAがまず直面した課題は、「いかにしてファンを取り戻すか」でした。


そこで白羽の矢が立ったのが中畑監督です。


身売り直後、ファンはおろか、チームの士気も低かったベイスターズ。


積極的なファンサービス、球場でのエンターテインメント強化などの手段も次々に取られましたが、やはり「ベイスターズが勝つ姿を見てもらう」に勝るものはありません。


どん底に沈んだチームを立て直すのが容易ではなかったのは、誰の目にも明らかなことでした。


しかし、中畑監督は持ち前の前向きな姿勢でチームを引っ張ります。


そんな中で、監督の采配で試合の流れを変えられそうな機会が年に何回かあり、そこで完璧にハマる戦略を取って、勝ち星を一つでも増やしたいと考えられていたそうです。


ベイスターズ、ひいては球界全体に興味を持つ人が増えて欲しいと心から願い、チームを率いた中畑監督。


監督業に限った話ではなく、人生には辛い事のほうが多いとした上で、一年を総括する時に「今年は楽しかった」と喜べるような仕事がしたい。


そう語った中畑監督の功績は、現在の横浜スタジアムの様子が全てを物語っているでしょう。

アレックス・ラミレス監督の名言  横浜DeNAベイスターズ

「私は監督として『どんな決断をしても後悔しない』ことをポリシーとしている」


現役時代はスワローズ、ジャイアンツ、ベイスターズの3球団で活躍し、外国人選手初の2000本安打も達成した後、中畑監督の後を受け横浜DeNAベイスターズの監督を務めたアレックス・ラミレス監督。


ベイスターズ公式コラム「FOR REAL – in progress -」2019年7月掲載インタビューからの言葉です。


この年ラミレス監督は、得点圏打率が伸び悩み、ただ出塁率は非常に高かった筒香選手を2番起用するなど、「奇策」とも「苦肉の策」とも取れる戦略を展開しました。


それより前にも、「8番投手」「佐野選手の抜擢」「犠打をしない野球」など、斬新だったり常識にとらわれなかったりする作戦を積極的に取ってきたラミレス監督ですが、それらはほぼ全てがデータに基づいたものだったそうです。


結果的にレギュラーシーズン2位、CSはファーストステージ敗退となった2021年シーズンでしたが、最大10.5あった首位ジャイアンツとのゲーム差を一時は0.5まで縮めるなど、最後まで優勝争いを繰り広げ横浜の街を盛り上げました。


そのためには選手の調子やモチベーションをしっかりと把握し、その時々で監督ら首脳陣が常に最良の選択を取ることが必要不可欠であったでしょう。


監督が後悔なく決断するということは、選手に対し全幅の信頼を持って采配を振るい、結果がどうあれその責任は全て監督が取る、という意志が強く伺えます。

工藤公康監督の名言 福岡ソフトバンクホークス

「自信をつけられる場所というのは、実戦の中にしかないんですよ」


西武ライオンズでプロ入りし、ホークス、ジャイアンツ、ベイスターズと渡り歩いた後、最後は再びライオンズでNPB史上最長タイとなる実働29年を達成し、引退後はホークス監督としてリーグ優勝3回、日本一5回と輝かしい成績を残した工藤公康監督が、2016年2月に東洋経済オンラインの取材にて答えた言葉です。


ビジネスメディアの取材にも関わらず、「理想の監督像も理想のリーダー論も、ないですね」とも話す工藤監督。


その根底には常に選手ファーストの考えが存在しているそうです。


とにかく選手には「ケガ無く長く戦ってほしい、後悔はしないでほしい」という考えを持って接し、その上でチームを勝利に導くために、「チーム状況を見つつ、細かく目標設定をすること」「選手のストレスを取り除くこと」を大事にしているとのこと。


いくら練習をしたからといって、毎回成功するとは限らないわけですから、「失敗は構わない、失敗をどう活かすか」を選手に意識させ、失った自信を取り戻す手助けをする。


厳しく言うことも勿論あるようですが、必ずフォローを入れるのも忘れないそうです。


表題に戻りますが、選手が実戦で成功し、自信をつけていくために一番やってはいけないことは、「選手がベンチを見ながらプレーする」ことであると言います。


長いプロ野球生活で天国も地獄も味わい、多くの選手が球界から志半ばで去るのを見てきた工藤監督だからこそ生まれた言葉かもしれませんね。

栗山英樹 監督の名言  北海道日本ハムファイターズ

「『それが生きるってことじゃん』っていうのを覚えるのが野球だと思っている」


北海道日本ハムファイターズ監督時代はリーグ優勝2回、日本一1回を達成し、2021年12月から侍ジャパントップチーム監督を務める栗山英樹監督の、大正製薬「リポビタン for Sports」のインタビューでの言葉です。


監督の役割は選手のモチベーションを限界まで引き出すことである、という点は他の監督と共通しており、やはり「名将」と評される監督には似たような観点があるのだろうと伺うことができます。


加えて、代表監督には「決勝戦、エース級の先発投手の調子が悪い時、1回途中で交代させる決断ができるか」といった「覚悟」が必要だと語る栗山監督。


「非情になれるかどうか」が、10年間の監督生活で得た本当の優しさなのではないか、とも表しています。


一方、これまで一番大事にしてきたのは「子供たちに『野球とは何か』を伝えること」だそうです。


野球は世の中の不平等の縮図のようなもので、いくら努力してもレギュラーになれない子は出てしまう。


そんな時は、ベンチからしか学べないこともある、と声を掛けるとのこと。


そこで学んだことを先の人生に繋げること、それこそが「生きること」である、というわけです。


控えの期間が長く、病気での引退を余儀なくされたプロ生活、その後の様々な現場を取材して回った時期、そしてファイターズ監督の10年間。


いわゆる「プロ野球の成功者」とは少し違う道を歩んできた栗山監督だからこそ、深みを感じられる言葉です。

野村克也監督の名言 (ヤクルト・阪神・楽天・南海ホークス)

「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」

「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」とは、野村克也監督の名言の一つであり、野村監督の座右の銘として有名になった言葉です。

負けるときには必ず敗因があり、「なんで負けたのだろう?」というような不思議な点はありませんが、勝ったときには、「どうして勝てたのだろう?思い当たる部分がない」というような不思議な勝ちがあるという勝敗を表した言葉なのです。

この言葉、実は江戸時代中期の大名で肥前国平戸藩9代藩主であった松浦清の言葉がオリジナル。

武人・文人であった松浦清が、家督相続後に松浦静山の名で執筆した随筆集『甲子夜話』の一節なのです。剣術において敗因を充分に分析し検討することを説いた言葉でした。

野村克也はテスト生としてプロ野球界入りをします。

現役時代には南海で監督兼任で4番捕手というマルチな活躍。45歳で現役を引退後は、ヤクルト・阪神・楽天などで監督として指揮を執りました。

監督としてチームの勝利を導いていく中、勝った・負けたという結果に対して一喜一憂するのではなく、その結果に対して何を学ぶかを大切にし、敗因から学ぶことで危機を感じ取り勝利につなげた名将が大切にした座右の銘なのです。

落合博満監督の名言 (中日ドラゴンズ)

「基本に忠実に、普通のことを普通にさせた。見る方はつまらないかもしれないが、それが上達の一番の近道。」

中日で7年間監督を務めた落合監督の名言の一つ。2011年11月22日の監督退任会見時の言葉でした。

落合監督は現役選手時代から「オレ流」という自分で決めた道を貫くスタイルで活躍しました。三冠王を三度達成したほか、44歳で現役を引退するまで、多くのタイトルを手にしました。

8年間の監督時代は、全てAクラスであり四度のリーグ優勝を達成。うち一度は日本一に導いたのですが、その野球はファンサービスという点では物足りなさが伝えられていました。中日黄金時代を築いた落合野球は、投手を中心とした守りの野球だったからです。

華々しい点の取り合いによるファンが喜ぶ野球ではなく、相手チームに一点もやらないという守りを基本とした野球でしたので、落合監督の野球はマスコミや球団内部からは物足りない印象を持たれていたのです。

勝てばファンはついてくるという落合監督の質実剛健な考え方から、繕ったファンへのサービスという形ではなく、勝つ野球ということでチームを率いた落合監督。

試合中も喜怒を顔に出さなかったものの、実は監督室に戻っては部屋の中で顔を変えていたという話も後に語っています。

落合監督は選手時代、三冠王を獲得した年にチームが優勝したことがありませんでした。経験から一人が打ったからといってチームが勝てるものではないという落合理論につながり、勝つためのチーム作りへの信念になったのだといえます。

野村謙二郎監督の名言 (広島東洋カープ

「俺はお前たちが不甲斐なければ、みんなの前で怒るぞ。期待するから怒るんだ。だからそれに負けるな」

野村謙二郎が広島の監督に就任した当時、チームリーダーの不在を感じ、菊地涼介と丸佳浩を次のチームリーダーとして育てるべく発した言葉です。

野村監督は現役時代の17年間で、通算2020安打、169本塁打、250盗塁を記録し、最多安打3回、盗塁王3回、ゴールドグラブ賞1回、ベストナイン3回の記録を作った広島のレジェンドの一人です。

2005年のシーズン終了時に現役を引退、2010年に監督として広島に復帰し5年間指揮をとりました。

野村監督の野球は全員野球。

レギュラーの選手が長期離脱した場合には期待のルーキーを出場させる機会を作るものの、ずっと使うということはなく本来控えとして準備してきている選手にも出場機会を与えました。

この采配は、ルーキーを使い続けることは、控えの選手の悔しさに対しての配慮でした。

この野村の信念を貫くためには中心となるチームリーダーの存在が不可欠だったのです。

井口資仁監督の名言 千葉ロッテマリーンズ

『そもそもチームの和というのは、試合に勝たないとできないんですよ。チームが弱かったらバラバラになっていきます』

2018年から2022年の5年間、千葉ロッテマリーンズで監督をした井口監督の言葉です。

井口監督は大学時代に大学日本一を経験、プロ野球界に入ってからはホークス時代に二度日本一を経験し、メジャーに移籍。


シカゴホワイトソックス時代にはワールドシリーズを制覇し世界一に。日本球界復帰後にはロッテで日本一を経験するなど、勝利の経験を多く持つプロ野球選手です。

そんな勝つこと知る井口監督だからこそわかる勝てるチームの姿とは「一人ひとりが自分の与えられた役割をこなす」チームという。


チームに和があるから強いのではなく、個々がしっかりと個人の役割を果たすことでチームは勝つことができ、その結果チームに和が生まれる。


そのために、個人がしっかりと役割を果たせなければいけないということなのである。

現役時代日米通算で2254安打295本塁打を記録し、盗塁王を2回、ベストナインとゴールデングラブ賞を3回の受賞記録を持つ井口監督。


その記録の中には、時には自分を犠牲として、自身の記録の為ではなくチームを構成する一人として勝利のために与えられた役割を果たしたプレーも多く含まれていました。

井口監督のこの言葉は、勝ちがもたらすものを知り尽くした者だからこそわかる境地での言葉なのです。

森祇晶監督の名言|西部ライオンズ・横浜ベイスターズ


現場を預かったものからすれば、ドラフト一位もテスト生で入った新人も、新人に変わりない。実力があれば使うし、だめなら二軍でみっちり練習を重ねてもらう。そういう扱いが公正な扱いだ

西武ライオンズや横浜ベイスターズで通算11年監督をした森監督の言葉です。

現役時代は巨人V9戦士の一人であり、捕手として活躍した森監督。引退後はヤクルト・西武・横浜でコーチ、監督として従事しました。

特に西武の監督時代9年のうちリーグ5連覇を含む8年で優勝、うち6回の日本シリーズを制覇した実績を持ちます。

引退後のヤクルト・西武でのコーチ時代には、自分を殺して徹底した管理指導を行ったことから、選手たちからは忌み嫌われる存在となっていました。

その理念の中には、選手に対して平等な対応を常に心がけ、公平に接することを理念としていたといいます。

森監督の前任である広岡監督時代にドラフト1位で入団した大久保氏は、森監督就任時を振り返り、当時は1軍では全く相手にされず飼い殺しみたいな状態だったと振り返ります。

しかし、引退後振り返ってみると、当時の自分の実力や反抗的な態度では監督も使うわけがないなと気付いたといいます。

一方で森監督就任の年に入った清原に対しては実力を認められ1軍で活躍しました。

この森監督の言葉は、ドラフト1位で入ったからと言ってえこひいきをしない公平な接し方として語られており、それは当時の大久保選手や清原選手といったドラフト1位での入団者の扱いで裏打ちされていました

このような厳しい一面と合わせて「選手が主役」というポリシーと公平さの側面もあったことから、西武黄金時代が築かれたといえるでしょう。

プロ野球監督の名言・格言のおわりに


今回はみなさんもよしご存じの監督を務めた10名の言葉を取り上げました。


どの監督からも「とにかく選手を大切にしたい」という意志が強く伝わってきますね。
皆さんの参考になる部分はありましたか?


「こんなテーマの名言を取り上げて欲しい」といったご要望がありましたら、コメント欄にてリクエストをお願いします。
最後までお読みいただきありがとうございました。

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