近年騒がれている野球人口の激減の中でも、中学校軟式野球部員の減少は最も目を張るひとつである。
2019年の中学校軟式野球部員数は16万4,173人で、2009年には30万7,053人だったことから、10年間でほぼ半減している。
それに反して、中学生硬式野球クラブの所属人数は増加している。
中学生硬式野球クラブが普及したことも中学校軟式野球部員が減少した原因の一つかもしれないが、中学校軟式野球部員数激減の最も大きな原因は中学校運動部活動では満足に野球ができないからである。
運動部活動の活動時間は?
野球はもともと練習時間が長いことが知られている。
打撃や走塁、守備や総合練習など多くのことを練習するため、朝から夕方まで練習するチームが多い。
昔に比べるとそのようなチームは減り、半日練習を選択するチームが増えつつあるがそれでも練習時間の長い種目の代表格だと言える。
文部科学省の「中学校運動部活動あり方に関するガイドライン」では、運動部活動の1日の活動時間について、平日は2時間程度、休日は3時間程度と、できるだけ短時間にするよう示している。
また、週当たり2日以上の休日を設けること(平日1日、休日1日を理想としている)も示している。
平日の部活動は練習が行われるため、野球でも2時間の練習で十分と思われるが、休日には練習試合や大会が行われるため、野球の活動時間は3時間では収まらない。
スポーツ行政が理想とする運動部活動の活動時間で中学生が野球をすることは難しいのである。
教師の負担軽減のための部活動改革?
これに追い風となっているのが教師の負担軽減を目的とする教員の働き方改革である。
これまで、部活動は中学校の教員が顧問や監督となり、指導・監督をしてきた。
中学の部活は教育課程外の活動(課外活動)といえど、学校教育の一環であった。
しかし、部活動は課外活動のため、顧問の教員にはほとんど給与は支払われず、半ばボランティアのように扱われており、文部科学省の「運動部活動等に関する実態調査」では、教員の半数近くが、部活動を負担に感じたり、私生活に悪影響を及ぼしていたり、心身の疲労を感じると回答している。
このため、教員の負担軽減の観点からも部活動の活動時間は短くするような風潮がつくられていった。
運動部活動の地域移行が中学校軟式野球部の救世主となる?
運動部活動のガイドラインや教員の働き方改革によって、運動部活動の活動時間が制限され、満足に野球ができないことが、中学校軟式野球部員の激減につながっていると考える。
それでは、軟式野球部の活動はこのまま満足できないものとなってしまうのだろうか。
現在、国のスポーツ行政では、子どもたちのニーズを満たせる部活動環境と教師の負担軽減の両方を実現できる改革として、部活動の地域移行を行っている。
この改革の方向性は
①休日の部活動指導を外部指導者が担当する。
②運動部活動を指導したい教師には引き続き指導できる環境を作る。
③子どもの活動機会を充実させる環境を整備する。
の3つが示されている。つまり、運動部活動を教員だけが指導・監督するのではなく、地域のスポーツ団体や競技経験者、教育に携わりたい人が一体となって運動部活動を運営しようとしているのだ。
この運動部活動の地域移行をすることによって多くのメリットがある。
例えば、運動部活動の活動時間が充実する。しっかり知識を持った指導者に指導してもらえる。
顧問の教員が転勤になっても、慣れ親しんだ指導者が継続して指導する可能性が高くなる。などである。
運動部活動を地域移行することで、ほかのスポーツに比べて練習時間や試合時間が長い野球を満足にプレーする活動時間を確保することができるのである。
また、野球は未経験者が指導するのが最も困難な種目のひとつである。
未経験者の指導では、子どもたちも部活動に満足感がなかったかもしれないが、地域移行することで専門の指導者に指導してもらうことが可能となる。
その一方でデメリットもある
中学校の学校教育は義務教育であり、部活動をほとんど無償で行われていたからだ。
これが地域移行することで保護者の費用負担や地域の活動場所までの移動負担などが発生する。
もともと野球は使用する道具が多く金銭のかかるスポーツである。
中学軟式野球部の活動が地域移行することで費用が発生し、貧しい家庭では満足に野球ができなくなってしまう可能性がるのだ。
中学校での野球環境は?
これから中学校に進学する子やその保護者の方にとって、“どこで野球をするのが一番いいのか”というのは大きな問題となっているのではないだろうか。
中学生がチームに所属し、野球をやる環境は
①中学校軟式野球部
②中学生軟式野球クラブ、
③中学生硬式野球クラブチーム(その中でも大きく4つのリーグに分けることができる)
の3パターンがある。
これまでは、中学校軟式野球部の活動が満足に行われていないため、地域野球クラブに入って野球をする子どもが多かった。
特に地方では、軟式野球クラブがそもそもほとんどないため、満足に野球をするなら硬式野球クラブ一択という状況が続いていた。
そう考えると「中学生の時は、軟式野球をおもいっきりやりたい」と考える子どもや保護者にとって選択肢がない状況であったと言える。
(これも野球人口が激減する大きな理由だと思われる。) これが、現在運動部活動が地域移行し、平日は学校で、休日は地域クラブで運動部活動がおこなわれることによって子どもたちが満足に野球をすることができる体制が整いつつある。
このため、中学生では硬式ではなく軟式野球を満足にやりたいという人は、中学校軟式野球部に入部するのも大きな選択肢となってくるのではないだろうか。
著者:南方隆太(筑波大学大学院